gensou

ゴールデンウィークは、友達とあってきた。いつものおねえさん。新横浜で待ち合わせして、ずっと2、3か月前から話してた「やまや」のランチ!

前回はアジフライ定食にしたけど、今回は牛もつ鍋。ロンドンにいたとき、ずっともつ鍋が食べたかった。ちょっとオイリーな和食が気分だったけど、帰国したらそんな気分でもなかった。日本の空気を吸うと、オイリーなごはん食べたくなくなる。笑 注文するまでずっとアジフライと悩んでたけど、今回は直感を信じて!

 

ぷりっぷりの牛もつから出る甘い肉汁が本当に口の中に広がっておいしかったし、にんにくが効いてて箸がとまらなかった~。

もちろんたらこと白米をおかわりして、おなかいっぱい。毎回ここにくるとたべすぎちゃう。

満足しかないやまやのランチ

 

ねえさんが元気でよかったし、今ある悩みや直近の未来のことを本音で話しあえるのが心地いい。ねえさん話聞くのがうまいから、私の話を丁寧に聞いてくれるし、ねえさんの話を聞いてると、自分ももっと頑張らなきゃって思う。わたしは勢いに頼って行動を起こす反面、急に不安になったりするから、もっと計画的に準備したほうが心に安全なのよ。本当に...。

 

特に生理前、ピルを飲むことをやめてから情緒不安定すぎてひどい。最近新しい仕事を始めたんだけど思ったよりも忙しく、自分のキャパシティを超えていて、さらに生理前の急な落ち込みでとにかく息が苦しかった。すべてを捨ててどこかに行きたいと思った。そんなことをイギリスで仕事している夫に電話したら「どこへいきたいの?」と言われ、落胆した。文化の違いなのか単に相手が鈍感なのか、それはわからない。

電話したことを激しく後悔して、その日の夜は死にたくて仕方なかった。まあ、実際に死ぬ勇気はないけどさ。(自分はビビりだし、すでに過去になぜか狂っているときにハサミで太ももに刺してとても痛い思いをしたので)先月くらいだったと思う。たまに見ていたyoutuberゼパさんの訃報を知ってから、死に対して幻想を抱き始めた。

目の前に映し出された彼女はもうこの世にいないんだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。胸がせつなくなる。もう2度と更新されない彼女が残した作品をいまさら毎日見る。1回くらい応援コメントすればよかったな。自分のコメントが彼女の人生を変えるわけじゃないけど、発信者になってからコメントのありがたさわかるし...。はあ。

正直いまも彼女の死が受け入れられなくて。だからなのか、情緒不安定になるとすぐ死ぬことへの好奇心が止まらない。でも私が想像しているのは自分が死んだあとの世界のことで、死ぬことを決意し実行をしたことによる死へのカウントダウンの苦しみを想像することはない。だからわたしは死ぬことに対して幻想を抱いているだけ...厨二病か?いや厨二病より酷いかもしれない( ̄  ̄)ただトルコでもロンドンでも、生理前は情緒不安定で、イライラマックスだったけど、なんか日本に帰ってきてからは違う。「一生懸命生きる」理由が見つからない。「頑張って生きよう」とか「いのちを大切にしよう」とか思えないんだよね。そういう意味で、信仰はわたしの今後の人生を救ってくれるのかもしれないね。だってトルコとイギリスにいたら、生活に宗教が垣間見えるから。天国に行くために一生懸命今を生きようという教えが、最初は全く意味が分からなかったけど、いまはなんとなくわかってきた気がする。

たまには甘いもの飲みたい
ミルクティーとタピオカを吸引じゃあぁあ



日本、トルコ、ロンドン
行き来する生活は楽しいし聞こえもいいけど
自分が今どこにいるか分からなくなる

次は明るいことをかきます